袋田の滝ジオサイト

袋田の滝ジオサイト

日本三大名瀑のひとつ・袋田の滝は、1500万年前、海底で噴火する火山だったのです。1700万年前、袋田周辺はもともと陸地でした。そこには草木が生い茂り、動物たちや鳥たちが集う憩いの場でした。しかしこの大地に、徐々に海が侵入してきました。そうして完全に水没したこの大地には、やがて大きな海底火山できました。おいしい蕎麦や鮎の塩焼きを楽しみながら、かつての海底火山の姿を見ていきましょう!

暴れ川の落し物「レキ岩」

袋田の滝ジオサイト02

これは、袋田周辺が海に沈む前の、陸地の時代にたまった地層です。今から1700万年ほど前、袋田の滝周辺は度々火砕流や火山灰に襲われていました。火山灰が積もった荒れた大地では、雨が降るとしばしば土石流が発生します。この地層に含まれている石は、川原にある石と同じように丸い形をしており、土石流や強い川の流れなどによって運ばれてきたものだと分かります。このような厳しい環境の時代でしたが、火山活動の休止していた時期には動物たちや鳥たちが憩う場所でもあったようです。上小川駅近くの大沢口では、火砕流の堆積物にはさまれた河川の堆積物中に、鳥やシカの仲間の足跡が見つかっています。

 

徒歩 移動時間:徒歩5分

 

河童の休み岩

袋田の滝ジオサイト03

川の真ん中あたりに、大きな岩が。たまに河童がここで一休みしているとか、いないとか・・・?川の中に転がっているだけのように見えるこの岩、実は川底からニョキっと生えているのです。この周辺もポイント1と同じように1700万年前の土石流によって大きな石がたまったところですが、そこに現在は川が流れています。小さめの石はこの川によって削られ、流されてしまいますが、この石は大きく硬かったので、削られずに川面に顔を出しているのです。1700万年の根性を感じますね。

 

徒歩 移動時間:徒歩25分

 

河川の作った芸術「斜交層理」

袋田の滝ジオサイト04

対岸を眺めると縞模様のついた地層が見られます。この地層、東に傾いているのがわかるでしょうか?もともと水平だった地層が大地の動きに応じて傾いてし まったのです。さらによく観察してみてください。縞模様が平行でなく斜交しているのが分かるでしょうか?このような地層を斜交層理と言い、河川などでよく形成されます。

 

徒歩 移動時間:徒歩12分

 

海底火山の断面「袋田の滝」

袋田の滝ジオサイト05

トンネルを通って観瀑台に付くと、視界いっぱいの袋田の滝と轟音。迫力満点です。滝が流れる岩肌を見てみると、これまでと見た目が違っているのがわかります。黒くて、ゴツゴツしていて、よく見ると石の一つ一つが角ばっています。この石は、このあたりが海底だったころに、マグマが噴いて固まった溶岩です。つまり、ここはもともと火山だったことがわかります。この海底火山が活動を終えると、火山は砂や泥で埋まりました(左図)。その後、陸地化するときに袋田周辺は、傾いてしまいました(中図)。陸地化した大地を川が削りますが、火山の石は堅く、削られにくいため滝となりました(右図)。観瀑台から見る袋田の滝は、実は海底火山の断面だったのです。

袋田の滝ジオサイトの動画

 

袋田の滝周辺の地質の成り立ち

陸の時代、第1章

今から約1700万年前、栃木県東部にあったと考えられている火山から火山灰が降り積もりました。雨が降ると、火山起源の土石流が発生しました。
ポイント1のレキ岩は、このような「土石流の堆積物」です。この時代の堆積物の中から鳥や鹿の仲間の足跡化石が見つかっています。

陸の時代、第1章

 

陸の時代、第2章

西側の火山活動が落ち着いてくると、水が目状に流れる河川が発達し、レキや砂が運ばれて堆積しました。ポイント2の斜交層理砂岩は「河川の堆積物」です。この時代の堆積物からはたくさんの植物化石が見つかる他、象などの足跡化石も見つかっています。

陸の時代、第2章

 

海の時代

はじめ、海は湾の中のような穏やかな環境でした。その後、海底で火山活動が始まり、大きな海底火山をつくりました。ポイント3の水中火山岩はこの「海底火山の一部」です。なぜこの時代、急に海になったのでしょうか?また、火山の大きさはどのぐらいだったのだろう?

海の時代

 

そして現代へ~袋田の滝の形成~

海底火山活動が終わると」、海底で砂や泥が堆積しました。その後地殻変動で大地が傾きながら隆起し、再び陸上になりました。そこの川が流れると、硬い水中火山岩けずられにくく、滝が形成されたのです。

そして現代へ~袋田の滝の形成~

 

約1450万年前の日本

右の図は、約1450万年前の日本列島の復元図です。袋田地域で海底火山が活動したこの時代、関東から北海道までの広い範囲が海底に沈んでいきました。当時の茨城県北では、八溝山地と阿武隈山地の一部を除いて海だったのです。約800万年前になると東日本は持ち上がり、陸になっていきました。このような大地のプレートの動きは、日本列島がのっているプレートの動きの関係しています。

約1450万年前の日本

 

PAGE TOP