大洗海岸ジオサイト

大洗海岸ジオサイト

海水浴場と海の幸で有名な大洗。水産資源に恵まれている大洗沖は、冷たい親潮と暖かい黒潮が流れ、2つの海流がぶつかる「潮目」にあたります。そのため、大洗沖には寒流・暖流に生息する双方の魚介類が存在しています。そんな大洗の足元を見ると海の偉大さや豊かさ、力強さが見えてきます。

海中土砂崩れの跡「大洗層」

海中土砂崩れの跡「大洗層」

ここの岩場はレキ(大きい石)の多い部分と砂の多い部分が交互に見られます。この地層は大洗層と言われ、今から約数千万年前の海底斜面の堆積物です。大洗層は斜面に溜まった堆積物が崩れて再び海底で溜まったものや、川から運ばれてきたレキや砂が溜まったものからできたと考えられています。

 

徒歩 移動時間:徒歩7分

 

レキ浜

レキ浜

ポイント1から歩いてくると、砂浜から突然レキがたくさんある浜(レキ浜)に変化します。このレキは大洗層由来のもので、レキの種類はさまざまです。砂や泥が固まったもの(堆積岩)、マグマが冷えて固まったもの(火成岩)などが見られます。また、大洗層よりも新しい層由来のレキも少量含まれており、貝の化石を含むものも見られます。

 

徒歩 移動時間:徒歩7分

 

人魚の髪とぎ岩

人魚の髪とぎ岩

大洗の海岸に並ぶ岩々は、すべてポイント1で見た大洗層です。海岸を眺めると、どれも不思議で面白い形をしています。その中のひとつに、まるで台座のように見える岩があり、一部の人々から「人魚の髪とぎ岩」と呼ばれ親しまれている岩があります。これらの面白い地形は波の力によって形成されました。

 

徒歩 移動時間:徒歩25分

 

虹の架け橋「海門橋」

虹の架け橋「海門橋」

海門橋は明治28年に初めてかけられました。現在の橋は5代目になります。4代目は長さ200mにもなるもので、雄大な姿から「虹の架け橋」として讃えられていました。しかし、昭和13年の暴風雨によって崩壊してしまったのです。その後、住民の要望により昭和34年に現在の姿になりました。

 

 

徒歩 移動時間:徒歩10分

 

那珂湊おさかな市場

那珂湊おさかな市場

水産資源に恵まれている大洗。大洗沖は、冷たい親潮と暖かい黒潮が流れ、2つの海流がぶつかる「潮目」にあたります。そのため、大洗沖には寒流・暖流に生息する双方の魚介類が存在しています。那珂湊おさかな市場で足を止めて、新鮮な魚介類に舌鼓をうったり、晩御飯のおかずを考えてはいかがでしょうか?ここでは四季折々の魚介類がそろっています。

 

大洗海岸について

大洗と「黒潮」「親潮」

大洗と「黒潮」「親潮」

大洗は水産資源に恵まれていますが、これはなぜなのでしょうか?実はこれに多く影響を与えているのは、日本の周りを流れる2つの海流なのです。日本の太平洋側では、北海道沖から茨城県沖へ「親潮」が流れ、北の方の海から冷たい海水を運んできます。また、沖縄沖から房総半島沖へは「黒潮」が流れ、南の方の海から温かい海水を運んできます。大洗沖はこの2つの海流がぶつかる「潮目」にあたります。そのため、大洗沖には寒流・暖流に生息する双方の魚介類が存在し、私たちは美味しい魚介類を食べることが出来るのです。

 

歴史ある黒松林

歴史ある黒松林

海岸線沿いに生えそろっている木々、黒松。徳川幕府の初期に防風・防砂のために植林されて以来、現在までその役割を果たしています。当時の水戸藩主徳川義公が黒松林の中で月見の宴を張ったという記録が残っています。さらに、漁業の面でも関係があります。魚は暗いところを好んで住みます。松林は海に影を落とすことから、そういった「魚付林」としての役割や、沖に出た漁船の帰港の目印になります。現在、黒松林の中心部はゴルフ場として利用されていますが、周囲の道路や海岸では黒松林を見ることができます。

 

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